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zoom RSS Line House Revitalization Project - 長屋再生プロジェクト

<<   作成日時 : 2015/01/29 19:58   >>

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 スリランカでイギリス植民地時代に開拓された大規模茶園には、元々は主に南インドから連れて来られた労働者たちが住むラインと呼ばれる長屋がある。大量の移民労働者がとりあえず住める場所として、人が生活するためにまさに最低限の空間が、一世紀以上に渡ってあてがわれてきた。近年は住居改善プロジェクトも少しずつだが進行しており、茶畑に囲まれた山の斜面に突如として新興住宅街のような茶園労働者用の居住地区が出現している。ラインハウスは、遅かれ早かれ、いずれはなくなる運命にあるのだろうが、プランテーションのひとつの象徴的な存在として保存し、観光資源として活用できないかと、日本のNPO法人アプカス(Non Profit Organization APCAS)が試みている。

 アプカスは、2004年12月に発生したインド洋大津波によるスリランカ人被災者を支援するために結成され、2008年1月にNPO法人格を取得した。北海道・函館に事務所があり、国内では2011年3月の東日本大震災の被災地支援、復興支援を、宮城県を中心に展開している。アプカスはもともとアイヌ語で「共に歩く」という意味で、英語表記のAPCASは、「Action for Peace, Capability and Sustainability」の頭文字として、後付けしたのだそうだ。
http://www.apcas.jpn.org/
 
 長屋再生プロジェクトの場所は、古都キャンディの南東、デルトタの町から7kmほどの場所にあるバウラーナ(Bowlana)という茶園の跡地である。もともとはイギリス人のノースウェイ(Northway)家がコーヒー農園として開拓した場所だ。1869年から数年でスリランカ(当時のイギリス領セイロン)のコーヒー園を全滅させたサビ病により、バウラーナも紅茶園に生まれ変わった。その後、何回か経営者が変わり、1978年に国営化されたが、1958年に労働者の抗議行動による火事で焼失した製茶工場が再建されなかった影響もあったのか、樹齢100年ほどになった茶樹の改植が進まなかったのか、1980年に紅茶の生産には終止符を打った。茶園労働者の中には、バウラーナを離れた人たちもいれば、まだ園内のラインハウスに住んでいる人たちもいる。アプカスでは、バウラーナに残っている人たちの生活再建に、2012年から関わるようになった。

 バウラーナには、1980年代には17棟のラインハウスがあったが、現在は7棟に減っている。その中に、現在、2/3は人が住み、1/3は壊されて鉄枠だけが残っているラインハウスがある。バウラーナの製茶工場跡地からもほど近く、かつてはその近くで市場が立つほど賑やかな場所であったことから、古都キャンディに因んでキャンディ・ラインと呼ばれていた長屋である。アプカスではその鉄枠を生かして地域ツーリズム用の宿泊施設に再生できないか、というプロジェクトを発案している。

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バウラーナにあるキャンディ・ライン。約3分の1は壊され、現在はこの鉄枠のみが残る。この部分を観光客向けの宿泊施設にできないか、という「長屋再生プロジェクト」を、NPO法人アプカスが提案している。

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ゲストハウスの設計プラン。元の鉄枠や造りを生かしながら、2人用客室2室を備えた宿泊施設にしようという計画だ。
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住民への聞き取りからまとめられたバウラーナ茶園の略史。


 2014年10月に東京・町田の和光大学で「スリランカ研究フォーラム」という勉強会が開かれたとき、わざわざ京都から参加した京都大学大学院工学研究科助教の前田昌弘氏が、「Line House Project スリランカ旧紅茶農園 長屋再生プロジェクト」というパンフレットを配ってくれた。キャンディ・ラインの鉄枠には、イギリス人が香港経由で持ち込んだという刻印が残っており、歴史的にも、建築的にも価値あるものと見ている。元の形を再現しつつ、ベランダ、リビング、ダイニング、2人用の客室2室を備えたゲストハウスを建築するという、プランまではでき上がっている。問題は、あと80万円ほど不足している資金をどう調達するか、である。

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ちなみに、ゲストハウス計画地の隣家は、なかなか立派な住まいで、室内もピカピカに改装されている。

 パンフレットに掲載されているスリランカの略地図にプロットされたバウラーナの位置は、宿泊先のギニガッテーナのエボニー・スプリングスからそれほど遠くなく見えたため、バーナードさんに「連れて行ってもらえる?」と頼んだところ、快諾してくれた。しかし、地図上では近いように見えても、往復5時間ほどかかり、1日がかりの訪問となった(もっとも、紅茶プランテーションでのマネージャー生活が長かったバーナードさん、ポーリンさん夫妻にとっては、ラインなど珍しいものではなく、この長屋再生プロジェクトにもあまり興味は示してくれなかったが)。  

 デルトタを拠点に、バウラーナを担当しているソーシャルワーカーのプリヤンタさんと、インターンとして3カ月ほど滞在していた京都大学の学生の平井さんの2人と、道中で落ち合い、バーナードさんの車で一気にバウラーナに向かった。おそらく、かつては茶畑だった山の斜面が、雑草だらけになった荒涼とした風景が続き、複雑な気持ちになる。バウラーナに入って突然現れるのが、周辺の風景と不釣り合いなほどうっそうとした松林である。1990年代後半から政府が植林したもので、木材用ではなく、松ヤニを採取し、塗布剤、接着剤、医薬品用などに販売することを目的としている。けれども、松が土壌の水分を吸い過ぎ、針状の落ち葉が地表を覆って雨水を浸み込みにくくしてしまう影響で、周辺地区の水不足を引き起こしているという。
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荒廃した茶畑の跡地に囲まれた中に、突如現れるうっそうとした松林。

 アプカスでは、茶畑の再生には時間も費用もかかることから、鶏や牛の飼育により当面の副収入を得られるように、2012年から現在までに乳牛約40頭を支給した。1家族に1頭が基本だが、すでに子牛も生まれている。生乳の販売で生計を立てるほか、牛の排泄物を利用したバイオガスを、炊事用に使用するようになった家もある。

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バウラーナの住民たちが副収入を得られるようにと、2012年から現在までに乳牛約40頭を支給。今では子牛も生まれている。 

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牛の排泄物を利用したバイオガスにより、それまで薪を利用していたキッチンでもガス火で調理ができるようになった。

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バウラーナの住民ひとりひとりの名前、家族構成、経済状況を把握し、健康状態や近況を聞いて回るプリヤンタさん。

 プリヤンタさんは、キャンディ・ラインのほか、2棟の長屋を案内してくれた。1棟の長屋の中にも、100年前と同様のまま住んでいる老夫婦もいれば、きれいに改装してさまざまな電化製品を購入してる家族もいるし、はたまた人が住まなくなった1戸分だけ屋根や壁まで崩れ落ちていたりと、使われ方はさまざまである。

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他のライン2棟も見学させてもらった。昔のままの家、きれいに改装した家、住む人がいなくなり、天井や壁が崩れている家など、まさに千差万別。皆さん、たくましく生きている。

 アプカスの長屋再生プロジェクトは、現在、資金不足で具体的な建築計画は立っていないが、いざゲストハウスに再生されたとき、どのくらいの観光客が関心を持ち、宿泊を希望するだろう? 紅茶好きの観光客であれば、セイロン紅茶の父と呼ばれるジェイムス・テイラーが、スリランカで初めて商業的な紅茶生産を始めたルーレコンドラがデルトタから別の道を5kmほど進んだ先にあり、ルーレコンドラ茶園とセットにしたルートは考えられるだろう。その際、バウラーナの一部では政府から費用の半分の援助を受け、茶樹の改植が開始されているが、摘んだ生葉は週4回、ルーレコンドラ茶園からの巡回トラックで運ばれ、ルーレコンドラで製茶されているというのも、ひとつの強みにはなる。また、キャンディ・ラインの近くに、ビクトリア貯水池を望める眺めのいいスポットがあり、そこを展望コーナーとして、かつての開拓者精神に思いを馳せる場としてもいいかもしれない。ともあれ、この長屋再生プロジェクトがなければ、外国人観光客がバウラーナを訪れる機会はほとんどないだろう。また、キャンディ・ラインに現在住んでいる家族や、バウラーナに残っている住民たちが、観光客に来て欲しいと思うのかどうか? さらには、外国人がもたらすかもしれない恩恵と弊害も気になるところだ。
 
 なお、バウラーナ訪問に先立ち、アプカスのスリランカでの支援活動の一環である、視覚障害者の雇用促進の場「トゥサーレ トーキング ハンズ(Thusare Talking Hands)」を訪ね、アプカス・スリランカ事務所の石川直人氏にお会いした。トゥサーレとは、やはりアイヌ語の「癒す」から名付けたそうだ。コロンボの高級住宅街である「コロンボ7」地区に2012年に開設され、1階が指圧の訓練を受けた視覚障害者たちによる指圧院、2階が3室のゲストルームになっている。スリランカといえば、伝統療養術のアーユルヴェーダでも注目されているが、薬用ハーブオイルを使ったマッサージを服を脱いで受けるため、抵抗感があるという一面もある。その点、指圧は着衣のままでよく、きちんと訓練を受けた指圧師の手によれば、効果も高いという長所がある。トゥサーレには現在、5人の視覚障害をもつ指圧師が勤務している。
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アプカス・スリランカ事務所の石川直人氏。


 また、コロンボ7だと家賃は高いが、あえて高級住宅街を選んで健全なイメージを打ち出し、性的なマッサージと混同されないようにしているそうだ。2階建ての建物は、もとは住環境にこだわりのある裕福な家族の住まいだったようで、ゲストハウスとしても趣がある。今のところ、食事はリクエストがあれば朝食の提供は可能、という程度だが、欧米の若い旅行客にはシンプルで手ごろな価格が好評を得ている。ゲストハウスとしての営業を加えたことにより、現在は5人の指圧師の給料も家賃も賄えるようになっているという。

Thusare Talking Hands
103/12, Dharmapala Mawatha,Colombo07, Sri Lanka
TEL:+947798966183
thusare.talkinghands@gmail.com
〈ホテル予約サイト「Agoda」から予約可能。表記は「 スセール ハウス&スパ (Thusare House & Spa)」〉
http://www.agoda.com/ja-jp/thusare-house-spa/hotel/colombo-lk.html?asq=XqlQ7bJ0pUN0G2iz%2fnzAiB3AJtah4df%2blT%2bD8CK8pIALg3Qqen86ww5yWL%2frg5dqlp7IN%2bSz70AGoK6fgedJBLmkh8MT8FxfRO%2b%2fiNdIjjJtSgQfwFHq33MjHYjTwJFIowlFDbi%2bCZ%2ffMo4UCgvVPql67%2fZyj01Yz1aCCstFpHzonH5Ybif6q8%2fP0uy%2bhCaqJG0CI1u4vr68fbVTO7FQMJsDvjucWGZWtBrRi2E1s3imBJTwA%2f%2bv0iDpON%2b6Hsl%2bk5HknRs46PVO8NgukxCb4EA9Q97%2fl4EgWXyzREzgyTw%3d

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高級住宅街の「コロンボ7」にある「トゥサーレ トーキング ハンズ」

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長いフライトの翌日、バリンバリンに凝った肩、背中、腰をほぐしてもらうにはうってつけ。

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2階は3室のゲストハウスとして営業している。1室のスーペリアルームは専用バスルーム、バルコニーつき。
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2室のスタンダードルームは、1つのバスルームを共用する。


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2階のダイニングホール。希望すれば朝食を用意してくれる。


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ディンブラ地方、電車の車窓から見た茶園労働者用の新しい住宅。治水事業により、川沿いにあった長屋を取り壊すことになったため、山の斜面に新たに住宅を建てたもの。このような「新興住宅街」があちこちに出現してきており、いずれラインハウスはスリランカの紅茶プランテーションから消えていくのだろう。

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