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zoom RSS 紅茶の国スリランカで、紅茶とともに生きる人たち <2>紅茶生産の現場からC

<<   作成日時 : 2016/02/02 07:13   >>

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<2>紅茶生産の現場から
Cアンソニー・ペレラ

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第二次大戦中の1942年、両親が疎開していたクルネガラという町で生まれ、その後コロンボで育つ。父親がイギリス系紅茶園で働くプランターだった影響を受け、セント・ジョセフ・カレッジ卒業後、1962年からプランテーションで働き始める。1970年代のプランテーションの国営化、1992年の民営化を経験。1998年よりキリス・プランテーションズ・マネージメント・サービス社に入社し、同社系列のナムヌクラ・プランテーションズ社のゼネラル・マネージャーとなる。

 私は1942年に、クルネグラという町で生まれました。第二次大戦中だったので、家族で戦禍を逃れてコロンボから疎開していたときでした。その後コロンボに戻り、寄宿舎のある私立校のセント・ジョセフ・カレッジを卒業しました。

 父親も紅茶のプランターで、イギリスのカーソンズ社の経営だったデニヤヤ茶園で30年以上働いていました。その影響で、私も学校を卒業すると、1962年に別のイギリス系紅茶生産会社のウィッタルス社に入社しました。最初に配属されたのはダイヤガマ・イーストで、その後、ダイモラ、テレジア、ラクサパーナなどでも働きました、その後、南部の低地に移り、ハウペに勤務しました。父は、大規模プランテーションが国営化されたのを機に、1976年に引退しました。その父が勤務していたデニヤヤ茶園に、私も1984年から1989年まで勤務しました。1989年にテロ集団がプランテーションでの生産を妨害するため、暴動、反乱、殺人を多発させました。プランテーションのマネージャーも狙われ、デニヤヤ茶園では5人が殺され、隣のプランテーションのマネージャーも殺されました。

 危険だったので、デニヤヤ茶園を辞めて1989年にコロンボに戻り、プランテーション会社のマグペック社に入ったのです。当時マグペック社は、小規模農家の生産の指導や支援を行なっていました。プランテーションが1992年に民営化された当初、マルワッタバレー・プランテーションズ社の運営をすることになったので、私はシニアマネージャーになりました。コロンボを拠点にしながら、プランテーションを訪ね、ウバ地区の茶園や低地のゴム園の運営を担当していました。

 マルワッタバレー・プランテーションズ社の運営が、ワエンバ社に移った後も、数カ月はワエンバ社に勤務しましたが、1998年に、キリス・プランテーションズ・マネージメント・サービス社に入りました。同社系列のナムヌクラ・プランテーションズ社のゼネラル・マネージャーとしてバドゥラ、カルタラ、ゴールなどの地域の紅茶園と低地のゴム園の管理運営をしています。

 マグペック社に勤務していた頃は、他社のヴィジティング・エージェントとしても仕事をしていました。これは、主に低地の生産地域の生産拠点や小規模農家を訪ねて生産状況を調べ、その結果をレポートにして提出するという仕事です。3カ月に1回くらい、2日ほどかけて現地を訪ねるのですが、フルタイムで働く会社の仕事と両立させることは可能ですし、他社では今どういうことをやっているのかを見るいい機会になります。もっとも、キリス・プランテーションズ社ではヴィジティング・エージェントの兼業を許可していないので、今はやっていません。

 プランテーションで働くプランターにとって、子供の教育は大きな関心事です。私は、子供たちをコロンボの寄宿舎つきの学校に入れていましたから、それほど問題はありませんでした。私自身も、5歳で寄宿舎に入り、卒業するまで寄宿舎生活でした。3カ月に1度休みがあるので、そのときには両親の元に戻りました。親と離れていて寂しいと思うこともありましたが、親がコロンボに来たときには会いに来てくれましたし、週末にはいっしょに外出することもできました。最低でも月1回は親と会う機会がありました。

 私の子供たちも、7歳から15歳くらいまで寄宿舎に入っていました。高地のプランテーションで働くプランターの子供たちも、ほとんどはコロンボの学校に入れますが、最近は状況が変わってきました。寄宿舎つきの学校の運営実態があまり良くないので、子供たちが寄宿舎を嫌がるのです。そこで、母親たちもいっしょにコロンボに来て、家や部屋を借りて子供を学校に行かせています。夫はプランテーションに住み、妻と子供は別の場所に済み、2軒の家をもたなくてはならないので、お金もかかるという問題が出てきているのが、最近の状況です。

 地方の学校は、コロンボの学校に比べて施設が充実していないので、プランターたちは茶園の近くの学校にはあまり子供を入れたがらないのです。教育制度やスポーツ活動に関しても、いい学校はコロンボ、キャンディ、ゴ―ルなど、大都市に集中しており、プランテーションのある地域からは遠いのです。プランターの子供たちは、主にコロンボ、キャンディ、ゴ―ルの3都市のうち、一番近い学校に行くことが多いです。

 高地で働くプランターの子供の多くは、キャンディの学校に行っています。プランターの子供たち専門の学校ではなく、誰でも行ける学校ですが、プランターのほとんどが子供たちには都市で最良の教育を受けさせたいと考えるので、寄宿舎に入れるか、母親といっしょに町に住むかのどちらかになるのですね。プランターたちは、プランテーションで大きなバンガローと呼ぶ邸宅に済み、料理人や造園師など、身の回りの世話をしてくれるスタッフもすべて用意してもらえるのですが、プランターの家族はそのような快適な生活をいっしょに楽しむことはできないというのが現状です。子供の教育問題や、複雑な家庭環境という現実があるからです。これが、現在のプランターが抱える問題のひとつです。

 プランターは、引退したらプランテーション内の邸宅から出ることになるので、引退後の住居は、プランター自身が投資して用意しなくてはなりません。もともと持ち家のある人もいますが、引退後は家を借りるか、家も家具も何もかも買わなくてはならなくなります。

 父親を見ていて思っていたことですが、その時代のプランターは非常に魅力的な仕事でした。給料も高く、とても快適な生活をしていました。家も車もありましたし、生活費は非常に安かったのです。給料は充分過ぎるほどで、菜園で採れた野菜を売って副収入を得ることもできました。当時はとても魅力的な職業でした。けれども、現在では状況は全く変わってしまいました。生活費の上昇に見合うだけ、給料が上がってきてはいませんし、給料以外の福利や恩恵も削減される傾向にあります。プランターに対する統制も厳しくなっています。かつてのプランターが享受していた自由は、現在のプランターにはありません。かつては、プランターが自分が働いているプランテーションの管理職スタッフの採用もできましたし、何を購入するか、どういうものに支出するかも、プランターが自分で決めることができました。けれども、今は本社からのさまざまな管理や指示に従わなくてはならず、何かを購入したいと思っても、自分だけでは決められません。本社に問い合わせ、許可を得てようやく必要品の購入ができるのです。プランターの生活は、20〜25年前に比べて大きく変わりました。

 私は国営化前、国営時代、民営化後のプランテーションを体験してきましたが、国営化される前の時代が一番良かったです。英国系の会社がプランテーションを経営していた時代ですね。マネージャーが主導権をとって運営することができました。国営化後は状況が一変し、プランテーションの管理職は、いろいろな理由から選任されるようになりました。特に重視されたのは、家系です。両親の職業や、出自、学校での成績などでプランテーションの管理職が選ばれるようになり、国営時代は政治家の影響が強くなりました。政治家が推薦する人たちが管理職になるのですが、中にはプランテーションの仕事には不適任な人たちもいました。また、それまでマネージャーの裁量に任せていたものも本部が管理するようになり、細かな支出まで本部の許可が必要となりました。あまり適性のない人たちがプランテーションに配属されるので、マネージャーは仕事をしにくくなりました。かつては、マネージャーがプランテーションの仕事に適した人材を選んで採用していましたが、国営時代には資格も適性もない人たちがプランテーションの管理職に配属されたので、マネージャーによるプランテーションの管理が難しくなったのです。

 また現在は、労働者不足という問題もあります。最近は、プランテーションを出て、給料もよく、待遇もいい、外の職場で働く労働者が多くなり、プランテーションを離れる労働者が増えています。たとえば、洋服の縫製工場で働けば、プランテーションで雨の中で濡れながら働くことはないですから、他分野の仕事に就く労働者も増えてきています。そういうことが無制限に認められているわけではありませんが、止めることもできないわけです。よりいい仕事を求めてプランテーションの外に出て行く労働者を、われわれが止めることは事実上できません。また、最近は、労働者の子供たちの中でも、高等教育を受ける子供もいますから、そういう子供たちはよりいい仕事に就きます。ですから、紅茶プランテーションでの茶摘みとか、ゴムプランテーションでの樹液収集などの単純作業を担当する労働者は不足気味です。労働者不足は、将来的に大きな問題になっていくでしょう。

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