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zoom RSS 紅茶の国スリランカで、紅茶とともに生きる人たち <4>紅茶関連機関/労働組合

<<   作成日時 : 2016/02/08 07:34   >>

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<4>紅茶関連機関/労働組合
ラジャ・セネヴィラトネ

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1938年ヌワラエリヤ生まれ。学校卒業後、イギリス人が経営する茶園で1960年から1年働いた後、2年間教師をし、その後自分で貿易の事業を開始。1970年、プランテーションの労働者が加盟する労働組合ランカ・ジャティカ・エステート・ワーカーズ・ユニオン(LJEWU)のヌワラエリヤ支局に入る。1978年にコロンボの本部に異動になり、副総書記に昇進。1984年の年次総会で総書記に選出される。

 スリランカのプランテーションで働く労働者たちが加盟する労働組合には、大きなものが2つあり、ひとつがセイロン・ワーカーズ・コングレス(CWC)、もうひとつがわれわれ、ランカ・ジャティカ・エステート・ワーカーズ・ユニオン(LJEWU)です。スリランカ全体でのプランテーション労働者数は約27万人いますが、CWCもLJEWUもその約3割、ほぼ同数の労働者が加盟しています。ただし、スリランカ南部の労働者の9割以上はLJEWUの組合員で、CWCの加盟者はいません。他にも小さな労働組合が多数ありますが、会員数はどこも減ってきています。プランテーション関係では、労働者のものだけで53の労働組合があるのですが、ほとんどは、われわれのような労働者支援を行なうことはできません。中には事務所もないところもあります。当組合は、国内に50カ所の支局があり、総勢200人の事務員が月給制で働いています。

 CWCは19世紀からの歴史があり、当初はインディアン・タミール・コンファランスという名称でした。スリランカ在住のインド人コミュニティの組織としてスタートし、その後、労働組合になりました。

 LJEWUが組織されたのは1958年で、大統領を務めたJ・R・ジャヤワルダナ氏によって設立されました。他の労働組合が、労働者の福祉面をあまり重視していなかったので、別の労働組合が必要だと考えたからです。われわれはいろいろなセミナーを開催し、労働者の教育にも努めてきました。

 どのように組合員を集めるかというと、労働者たちに会いに行き、この労働組合はどういう仕事ができるかを説明するのです。われわれ労働組合の重要な役割のひとつは、彼らに法的な支援をすることです。

 当組合には、スリランカ高地のプランテーションの組合員もいますが、多いのは南部です。当組合に加盟する労働者というのは、茶摘み婦、野外労働者、工場勤務者などの肉体労働者たちです。小農系の農場や紅茶工場に勤務する労働者も組合員になっています。

 組合に加入するためには、まず申込みをします。申請書があるので、「私はこの労働組合に加入します」と記入し、それをエステートのマネージャーに渡します。その申請書が労働組合の事務局に届き、加入が確認されると、賃金の中から組合費が差し引かれるようになります。これは、どの労働組合でも同じ方法です。組合費は月ごとに徴収しており、その額は日給の3分の1です。例えば、日給90ルピーの労働者なら、日給の3分の1に当たる30ルピーを、1カ月の組合費として支払います。その組合費で、組合を維持運営していく費用は賄えています。

 労働者はどこかの労働組合に必ず加入しなくてはならないというわけではないので、組合員にならなくてもいいのです。また、どこの労働組合に加入するかの選択権は、各労働者がもっています。ただ、加入後6カ月間は、同じ組合に所属しなくてはなりません。もし6カ月ごとに組合を変わりたければ、それは構いません。

 労働組合に加入する目的は、主として労働争議のためです。個人で要求したり対抗したりするのは難しいので、労働組合を通して、雇用者に対する賃上げなどの要求や交渉を行ないます。また、法的な問題が生じた場合も、労働者が個人的に弁護士に依頼すると経済的な負担が大きいので、労働組合が代わって交渉します。組合員ではなくとも、何か問題が起こったときに、当組合の組合員から「私の親戚が困っているので、助けて欲しい」と依頼されることもあります。そういう支援を受けた後で、本人が組合に加入することもあります。

 プランテーション全体で共通の問題があるときには、他の労働組合といっしょに行動することもあります。たとえば、賃上げ交渉はプランテーションで共通の問題ですから、他の労働組合と団結し、われわれは、交渉の相手として充分に強力な組織であることをアピールします。すべての労働組合が参加するわけではありませんが、主な労働組合が団結して交渉します。個人個人では、国全体に対しては何もできませんから。

 CWCからは、トンダマン氏という国会議員が出ており、連立内閣での大臣も務めています。ですから、CWCは政府の援助を受けることもあります。現在のトンダマン議員の祖父が大臣を経験し、父親もセントラル・プロヴィンスの高官でした。初代のトンダマン大臣は87歳で亡くなり、今は38歳の孫が大臣になっています。少数政党ですが、連立内閣を組閣する際に必ずポストが用意されるのです。ですからCWCはトンダマン家の影響や、政治的色合いが強くなっています。

 当組合員からは国会議員は出ていません。ですから政府の特別な援助もありません。当組合はジャヤワルダナ大統領がつくり、その後、2代の大統領が当組合の会長となりましたが、その後はユナイテッド・ナショナル・パーティの総裁が会長職に就任しています。ただ、あくまでも名目上のことであり、実務に携わることはありません。
 
 私はヌワラエリヤ生まれで、学校を卒業した後、1960年にイギリス人が経営するチャーノン社の茶園にプランター研修生として入りました。22歳のときで、1年間だけ働きました。マネージャー自身が土地を購入し、お茶の木を植え、茶園内に小さな家を建てて住んでいましたが、茶園経営が難しい時期で、仕事がとても厳しかったのです。朝も早かったですし、マネージャー宅にいっしょに住まなくてはならなかったので、プライバシーもありませんでした。マネージャーといっしょに住んでいたのは私だけでしたから、逃げ場もなかったのです。1974年にエステートが国営化されると、そのマネージャーはイギリスに帰国しました。
 
 1961年にチャーノン社を辞めた後、2年間は教師をしていました。その後、貿易の事業を始めました。1970年に労働組合に入ったのは、プランテーションの労働者に何か支援活動をしたいと考えたからです。私はプランテーションの多いヌワラエリヤで生まれたので、労働組合が組合員の要望や必要性、興味に合った活動をしていないように感じたのです。私がこの労働組合に参加して以降、他の労働組合も労働者への教育活動を始めました。

 1970年から1978年は、ヌワラエリヤの支局に勤務しました。1978年にコロンボの本部に異動し、副会長になりました。1984年の年次総会で総書記に選出され、それ以降、当初は3年置き、その後4年置きに行なわれた総書記選出で再選され、計18年間総書記を務めています。

 われわれは、労働者とすべての経営者側との合同の合意を、2年置きに締結しています。賃金、労働環境、住居、健康、福祉、施設など、さまざまな分野にわたり、それらを合意の上で改善していかなくてはなりません。そのために、われわれが労働者の代表として、経営者側と交渉するのです。

 総書記としての18年間に、いろいろな成果を上げてきました。このコロンボ本部についても、以前は小さな事務所を借りていましたが、1990年にこの土地を買い、自前の建物を建てました。ここだけではなく、国内に50カ所ある支局のうち、17カ所の事務所は当組合の所有となっています。

 将来的には、すべてのプランテーション労働者に対して、無償でサービスを提供できたらいいと思います。また、労働者の組合への加盟を要することもなく、NGOのように活動したいです。組合費をなくし、すべての労働者の利益になるように支援したいです。当組合には、今まで少しずつ築いてきた資産がありますし、定期預金の利子であるとか、各地にあるビルで、われわれの事務所のスペースは確保しながら、他の部屋を貸している家賃収入があり、それらの合計が今の組合費より多くなっているからです。

 私自身は、組合員たちに望まれる限り、この仕事を続けていきたいです。

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