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zoom RSS 紅茶の国スリランカで、紅茶とともに生きる人たち (最終回) <4>紅茶関連機関/スリランカ紅茶局

<<   作成日時 : 2016/02/09 16:09   >>

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<4>紅茶関連機関/スリランカ紅茶局
ハシタ・デ・アルウィス

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1957年10月16日、コロンボ生まれ。スリジャヤワルダナプラ大学を卒業し、応用化学の理学士を取得。1981年から1984年まで船舶輸送会社に勤務し、マーケティングを担当。1984年にスリランカ紅茶局に広報官助手として入局。1985〜1991年にスリランカ紅茶局のエジプト・カイロ支局、1993〜1996年はロシア・モスクワ支局に赴任。2004〜2008年、在日スリランカ大使館を拠点に、アジア太平洋地域でセイロン紅茶の販促活動を展開。

 1980年の年末に大学を卒業し、1981年にセイロン・シッピング・コーポレーションという船舶輸送会社に就職しました。ビジネスマーケティングの部署に配属され、1984年まで勤めました。当時は、その船舶輸送会社が独占的に国営企業の貨物の輸出を扱っていました。その後、民営化されましたが、私が勤務していた頃は20隻の貨物船を所有し、勢力も強かったです。

 勤務中にマーケティングの知識を得たので、スリランカ紅茶局の求人に応募し、1985年の年頭から紅茶局のアシスタント広報官になりました。私自身が紅茶に興味を持ち始めたのは、1985年に紅茶局に入ってからです。大学では化学を専攻していましたから、化学分野には強かったのです。紅茶業界に入って23年になりますが、民間の紅茶会社ではなく、政府機関である紅茶局を選んだのは、政府機関で働く人も必要だと思ったからです。

 入局当初に、茶業研究所やブローカーなどに行き、紅茶の特徴を知るためのテイスティングの短い研修を受けました。これは、基礎的なグレードやスタンダードの見分け方などを学ぶもので、ティーテイスターになるための専門的で長期の研修ではありません。ティーテイスターたちは、毎日200〜300種の紅茶をテイスティングしますが、そこまでの訓練は紅茶局ではやりません。というのも、紅茶局の大きな目的のひとつは、セイロン紅茶全体のマーケティングであり、広報活動であるからです。特に世界的にセイロン紅茶をアピールしていくために、どのような広報・宣伝活動、市場開拓をしていったらいいかという面を重視しています。

 入局し、まずコロンボの本局に約半年勤務した後、1985年7月1日にカイロ支局に赴任しました。当時は北アフリカ、西アジア地域を担当する重要な支局で、ヨルダン、シリア、レバノン、イラク、チュニジア、リビア、アルジェリア、モロッコ、スーダンなどの国々を担当し、1991年半ばまで6年間勤務しました。当時のセイロン紅茶の最大の輸出先はエジプトでした。1980年代の中頃は、エジプトとイラクがセイロン紅茶の2大市場で、カイロ支局はこの2カ国とも担当していたのです。ですから、カイロ支局に勤務するのは重大な責務だったのです。1980年代の中頃は、エジプトのセイロン紅茶の輸入量は年間4万トンほどでした。

 しかし、エジプトのセイロン紅茶の輸入量は、1990年代以降大幅に減りました。というのは、東アフリカと南アフリカ諸国の経済グループCOMESA(Common Market for Eastern and Southern Africa、東南部アフリカ市場共同体)ができ、COMESA加盟国間では関税をなくしたのです。スリランカ、インド、インドネシア、ベトナムなどCOMESA以外の生産国の紅茶には課税され、例えばエジプトでは30%の関税がかかるのです。COMESA加盟国のケニア、マラウィ、ジンバブエ、ブルンディといった紅茶生産国の紅茶は関税ゼロなのです。そのため、セイロン紅茶もインド紅茶も、東および南アフリカ諸国でのシェアを年々落としていきました。
 
 私自身は1991年半ばにコロンボに戻り、販促担当の副ディレクターに昇任しました。コロンボに2年いた後、1993年半ばに、ロシアに新しい支局を開設することになり、モスクワに赴任し、1996年末まで3年半勤務しました。当時は、共産主義のソビエト連邦が崩壊し、自由主義経済の市場に移行していった時期で、モスクワ支局ではロシア国内と、CIS諸国を担当しました。ウクライナ、ベラルーシ、カザフスタン、ウズベキスタン、アゼルバイジャン、キルギス、タジキスタン、アルメニアなどの国々です。当初は、ロシア向けのセイロン紅茶の輸出は年間5000トン程度でした。しかし、私が赴任して3〜4年の間に増加し、1996年末に私が離任するまでに、ロシアがセイロン紅茶の最大の市場となり、ロシアの輸入量は年間4万トンに増えました。その後も増えて、2007年の年間輸入量は約6万トンになっています。

 1996年末にコロンボに戻り、広報担当ディレクターに昇進しました。1997年の初めから2004年3月初めまでの7年間はコロンボで勤務し、それから2004年3月に日本に来ました。今の時点では、2008年6月末までこの東京支局を維持する予定です。その後は多分、私はコロンボに戻ると思います。それから支局を別の場所に移す計画で、中国かアメリカと考えていますが、まだ決定していません。

 2004年に来日し、東京の在日スリランカ大使館を拠点に、アジア・太平洋地区でのセイロン茶の販促活動を行なってきました。日本は、セイロン紅茶にとって新規の市場というわけではありませんが、スリランカの輸出業者と日本の紅茶業界との関係や、セイロン紅茶の販促をより強化すべき市場であると考えたからです。また、1996年にロシアから帰国した後、1998年からは毎年、少なくとも年1回は私は日本に来ていたのです。毎年3月に行なわれる国際食品飲料展「フーデックス」に、1998年からスリランカ紅茶局が出展するようになったので、私がコロンボから来日してブースの責任者を務めてきました。最初の1998年にはわずか4ブースでしたが、2008年には約20ブースに増えました。ですので、2004年に日本に来たときには、私はすでに日本の紅茶市場についてかなりの知識、情報を得ていましたし、日本の紅茶会社の人たちも、日本紅茶協会の会員も、日本の紅茶好きの人たちも知っていました。特に私は、日本のビジネスマンとの付き合い方を知っていたという意味で、最初からかなり優位に立っていたと思います。

 紅茶局の予算は限られているので、マスメディアを使っての大々的な宣伝、たとえばテレビ、ラジオ、新聞や雑誌などの紙媒体、ネット媒体などでの宣伝ではなく、消費者やユーザーにターゲットを絞って、直接アピールしようと考えました。少額の予算を有効に使い、最初の2年は東京で、3年目からは他の県や地方に行くようになりました。例えば北海道の旭川、札幌、また長野、金沢にも行きました。横浜は近いのですぐ行けますし、大阪、神戸には何度も行きました。いろいろな場所でワークショップ、セミナー、プレゼンテーションを行ないました。

 対象者は、3つのグループに大別しました。1つめのグループは、普通の主婦やOLなどのアマチュア層で、家庭での紅茶のおいしい淹れ方などを説明しました。2つめはもう少し専門的で、紅茶についての知識も豊富な層です。その層には、また別のプレゼンテーションやワークショップを行ないました。3つめはティーインストラクター向けのセミナーで、他のグループとは別の内容で行ないました。また、紅茶専門店の経営者やスタッフからの質問は、他の人たちとはかなり異なります。このように、日本に来てから、対象の層を分けてセミナーを開催しました。また、展示会、見本市、特売会、スリランカフェスティバル、日比谷公園フェスティバルなどの各種イベントに参加し、このような機会を利用してセイロン紅茶の販促を行ないました。
 
 日本の消費者は、他の国々の消費者と比べてより専門的で、自分たちがどういう紅茶を飲んでいるのかを知りたいという関心が強いです。セイロン紅茶であれば、これは高地産なのか、中地産なのか、詳しく知りたいと思うようです。また、ごく一般的な消費者も、自分自身の教養を高めるために、自分が食べているもの、飲んでいるもの、おそらく紅茶に限らずに、飲みものであれば、これは体にいいのか、カロリーがあるのか、これを飲むと痩せるのか、太るのかといった点に関心を寄せます。日本の消費者は他の国の人たち以上に食について敏感で、もっともっと知りたいという意欲を持っています。

 また、プロを目指している人たちからは、この紅茶の産地はどこか、特定の茶園のものか、ブレンドされたものかといった専門的な質問も出ますが、このような質問は、他の国の消費者からはあまり受けたことはありません。もちろん、他の国で専門的な質問が全く出ないわけではありませんが、平均的に日本の消費者は、他の国の消費者よりずっと熱心にさまざまなことを質問してきます。

 日本紅茶協会が養成しているティーテイスターについては、もちろん基本方針としてはとてもいいと思います。他の国では例のない資格制度でしょう。たとえば茶道であれば、非常に儀式的なものが韓国や中国にもあり、日本の茶道とも違いがありますが、それぞれの茶道には確立された特別の訓練、稽古があります。けれどもティーインストラクターに関しては、日本独特の制度で、日本紅茶協会はティーインストラクターの養成に関して信頼されるべきだと思います。紅茶の普及のために、とてもいい試みだと思います。

 スリランカのような紅茶生産国こそ、学校教育の中に紅茶の学位を設けるべきです。日本にお茶の学位があるかどうかはわかりませんが、スリランカに紅茶の学位があれば、中には紅茶を専攻する学生も出てくるでしょう。紅茶を専攻すれば、卒業後に紅茶関係のいろいろな領域で活躍できるということもわかっているからです。スリランカは長年、世界でも有数の紅茶生産国であり、紅茶輸出国であり続けてきているのですが、紅茶の学位はありません。紅茶についての教育制度を整えていくことは、方向性として正しいのではないかと思います。小さい子供向けにも、農業関係の科目などの中に、紅茶の項目があってもいいと思います。特にスリランカでは歳入の15%、GDPの2%が紅茶によるものなので、教育は非常に重要だと思います。

 日本で開催してきた紅茶セミナーやワークショップが、どれだけ効果があったかという判断は難しいです。もちろん非常に好評を得てきています。けれども2時間から2時間半のセミナーで紅茶のすべてを説明することはできません。しかし、われわれは消費者をある程度は啓蒙していこうと努め、紅茶を飲むと健康にいいといった、紅茶の良い面を伝えてきました。参加者たちが、もう1杯でも2杯でも多く紅茶を飲んでくれるようにと努めましたが、その点についてはある程度はわれわれの目的を達成することができたと思います。このようなセミナーや講習会であれば、それほど経費はかからないのです。

 そのほかのイベントとしては、セイロン紅茶表彰式、セイロンティークイーンの選出、年に1度、フーデックスの時などスリランカの輸出業者たちが来日している機会を利用して、日本のすべての紅茶輸入業者を招いて親睦会などを行なってきました。両国の紅茶関係者の間に新たな息吹を吹き込んだり、業界全体を再活性化したり、お互いに重要な存在なのだと再認識することで、日本でのビジネスが長続きしていくのではないかと思います。

 日本の紅茶輸入業者は、他の国の輸入業者と比べて、興味深い違いがいくつかあります。日本の紅茶輸入業者は、決定を出すまでに非常に長い時間がかかります。また中には、最初の注文を出す前に、スリランカに行ってどういう業者でどのような工場でどんな作業の仕方をしているかを確認することもあります。ここなら安心だ、ここならビジネスの相手として信頼できると確信するまで注文を出さないこともあり、他の国の輸入業者と比べて非常に用心深いです。また、ビジネスの折衝でも長い時間がかかります。この価格は納得できない、この品質ではだめだと、すべてができる限り完璧であることを求めるからです。しかし、いったんこの輸出業者と取引きをすると決めた後は、誠実に取引きを継続します。その取引き先が大なり小なりのミスをしたり、日本の輸入業者をだまそうとしない限り、日本の会社の側から取引き先を変えようとはしません。仮に別の輸出業者が「あなたはこの紅茶を2ドルで買っているのですか。当社では1ドル95セントで販売できますよ」と言ってきても、日本の輸入業者は取引き先を変えようとしません。こんな話を聞いたのですが、「それはたとえば、私は今の妻と結婚して25年ですが、彼女も歳を取ってきたので、離婚して、紹介された若く美しい女性と再婚したらどうかと言われても、おいそれとはいかないのと同じですよ」と。日本人は取引き先に対して非常に誠実なので、われわれにとっても大変仕事がやりやすい相手国なのです。

 私の紅茶の飲み方は、日本に来る前は英国式で、ミルク、砂糖を入れて飲んでいました。日本に来てから約4年ですが、今は日本式で、ミルクも砂糖も入れずに飲みます。1日に巨大なティーカップで10〜15杯飲みます。朝は、ごく薄いコーヒーにミルクを入れたものを1杯飲んでから出勤します。夕方、帰宅したときに、英国式のミルクティーを1杯飲みます。この2杯以外は、1日中、砂糖もミルクも入れないプレーンティーを飲んでいます。たいてい、ディンブラのBOPを飲んでいます。紅茶局の「ティープラッカー」というブランドで、長年飲み慣れた商品です。

 また日本に来てから、私も妻も夕食後には緑茶を飲むようになりました。消化にいいのではないかという気がするのですが、科学的にはわかりません。寝る前に緑茶を飲んでも、特に眠れなくなるということはありません。緑茶も、ティーバッグではなく茶葉から淹れます。スリランカ大使館で勤務中に紅茶を淹れるときも、ティーバッグは使わず、茶葉で淹れます。

 日本に滞在中に、たくさんのお茶専門店を訪ねました。東京、京都、大阪、奈良、神戸などにある専門店に立ち寄りました。典型的な和風の店、中国風の店、またまさしく英国スタイルの店もあり、店内に入るとまるでロンドンかどこかにいるような雰囲気の店もありました。こういうお茶専門店の存在が、お茶の普及に貢献していると思います。というのも、お茶専門店では通常、芸術的な淹れ方をし、素晴らしい味わいのお茶を提供しており、低品質のお茶は扱わないからです。

 一方、ホテルのラウンジでの紅茶にはときどきがっかりすることがあります。多分ホテルでは、紅茶を淹れることよりも優先すべきことが多いのだと思います。ですから、きちんとおいしい紅茶を淹れようとしていない、まだしっかり沸騰する前のお湯を使ったり、あるいは、ずっと沸かし続けているお湯を使ったりということもあるのかもしれません。もちろん、中にはおいしい紅茶を提供しているホテルもありますけれど。

 個人的に好きな紅茶専門店というと、まず大阪の「ムジカ」は大好きです。店内に紅茶の歴史を物語る品々がところ狭しと飾られていて、おもしろいです。世界各国から集めた膨大なコレクションですね。「青山ティーファクトリー」ではいつも素晴らしい紅茶をいただきます。京都にもいい紅茶専門店が何店かあります。「ムレスナティーショップ」はとてもスタイリッシュなお店です。名古屋では、「ティーズリンアン」、「えいこく屋」にも行きました。えいこく屋も古くからあるお店で、独特の雰囲気があり、店主の荒川博之さんも個性的な方です。もう1人、とてもおもしろい人は、東京の「ティーハウスタカノ」の高野健次さん。また、磯淵猛さんの藤沢の「ディンブラ」にも行きましたし、ワッフルもおいしかったです。

 20〜25年前は、日本の消費者は緑茶か、一部でウーロン茶を飲んでいましたが、紅茶はごくわずかしか飲まれていませんでした。今では年間1万7000〜1万8000トンの紅茶が飲まれるようになり、この間に紅茶の消費量が大きく伸びました。また、日本では紅茶は主に女性が飲んでいると気がつきました。

 東京支局を開設する前は、日本での総紅茶輸入量のうちセイロン紅茶の占める割合は45%でした。開設後徐々に増加し、2006年には67%になりました。日本人が飲む紅茶3杯のうち、2杯はセイロン紅茶ということになり、量としても初めて1万1000トンを超えました。そのため、紅茶局の幹部の中には、日本はセイロン紅茶にとって確固とした市場を築いたと判断している人もいます。それならば今後は、新しく台頭してきている市場に目を移すべきではないか、という意見が出てきているのです。大きな可能性があるけれど、今までセイロン紅茶があまり高いシェアを占めたことのないという市場です。

 現在のスリランカ紅茶局の状況を説明すると、世界の4カ所の支局で世界市場のほとんどをカバーしています。東京支局では、極東地域と東アジアの日本、韓国、台湾、香港、マレーシア、シンガポールと、オセアニアのオーストラリア、ニュージーランドを担当しています。また、ドバイ支局で西アジア、中東、湾岸地域、北アフリカを担当しています。ドバイ支局は、担当している地域としては一番重要です。セイロン紅茶の輸出量の45%がこの地域向けだからです。モスクワ支局は引き続き稼働しており、セイロン紅茶の最大の市場であるロシアとCIS諸国を担当しています。さらに、ポーランドのワルシャワ支局で東ヨーロッパ、中央ヨーロッパを中心としながら、ヨーロッパ全域を担当しています。

 その他の地域は、すべてコロンボの本局が担当しています。例えば、かなり大きな市場であるインドを始め、パキスタン、バングラデシュ、南アフリカ、南北アメリカなどです。けれども、コロンボからだと南北アメリカは遠いので、充分にカバーできていないのが現状です。カナダ、アメリカ、チリ以外の南アメリカ諸国は、われわれが今まであまり関心を寄せてこなかった市場です。チリは南米最大の紅茶市場で、チリ以外はすべてコーヒー飲用国ですが、多分、市場を開拓していける可能性はあると思います。アルゼンチンとブラジルは一部でお茶を生産していますが、ほとんどアメリカが輸入し、アイスティーで飲まれています。

 アメリカは、近年お茶の輸入量が増えてきています。数年前までは、9万トンほどでしたが、わずか5年で11万5000トンにまで輸入量が増えました。つまり、アメリカの紅茶輸入量は5年で2万5000トン、25%以上増えたことになります。なぜなら、健康への関心が高まっているからです。アメリカ人には肥満が多く、肥満になると他の病気も誘発しやすくなり、心臓疾患、糖尿病、高血圧などのリスクが高まります。ファストフードをよく食べるなどの食習慣のため肥満になりやすいと考えるようになり、お茶にも注目するようになったのです。緑茶もウーロン茶も紅茶も、すべてのお茶はカメリアシネンシスの葉からつくられたもので、抗酸化作用があり、体にいい飲みものなのです。そのため、アメリカではお茶の消費量が急激に増えているのです。けれども、スリランカからアメリカへの紅茶輸出量は、過去10〜15年ずっと年間3500〜4000トンで、ほとんど増えていません。われわれはチャンスを生かしていないということです。

 中国も急成長を始めた市場で、今後巨大な市場となるかもしれませんが、私は個人的には、中国はまだ早過ぎる、まずアメリカに行った方がいい、と思っています。なぜならアメリカはすでに市場全体が伸びているので、その中でどうシェアを獲得するか、という方法になるからです。現在、アメリカで飲まれているお茶の80%はアイスティーか、お茶飲料としてです。セイロン紅茶にとっては、市場を獲得するのは難しい面もあります。なぜなら、アイスティーで飲むなら、あまり個性のない紅茶の方が適しているからです。価格も安く、味も香りも弱い紅茶が使われています。ですからアメリカでは、主にアルゼンチンやインドネシアの紅茶や、あるいは中国茶を、飲料の原料用に輸入しています。日本は逆で、紅茶飲料向けでも品質期に生産された高品質のウバやディンブラを使っていますが、アメリカは違います。しかし、アイスティー以外の20%、つまり約2万2000トンの紅茶は、ティーサロン、ティーハウス、ティーキオスクなど、あちこちに出現してきている紅茶専門店で使われています。そのような専門店では、高品質の紅茶が使われ、各茶園の名前で販売されることもあります。われわれが狙えるのはこのような市場ではないか、また高価格も期待できるのではないか、というのが現在の筋書きです。

 スリランカの紅茶産業の将来について、日本市場との関係で言えば、今は新しい動きに直面しています。日本の厚生労働省によるすべての食品、飲料に関する新しい衛生基準が施行されているので、スリランカも非常に慎重にならなくてはなりません。衛生面でも残留農薬の面でも、国際基準、または日本の基準に合う紅茶を生産しなくてはなりません。日本の新しい衛生基準にいち早く対応したのがスリランカでした。東京に支局があったため、すべての情報をすぐにスリランカに伝え、何をすべきかという対策をとりました。これが、スリランカにとって大きな優位性を得ることになりました。

 私は、日本が世界でもっとも洗練された紅茶市場だと考えています。ですから、スリランカ紅茶産業は、日本を基準にし、目標にすべきなのです。もし一番厳しい日本の基準をクリアしていれば、その他の世界中の市場の基準もすべて自動的にクリアできます。また、ある輸出業者が「当社は日本に輸出している」と言えば、他国の輸入業者はみな、日本の基準を満たしている会社なら安心だと判断するからです。EUの基準の中には、日本より厳しいものもあります。またドイツの基準はEUの基準より厳しいです。ですから、残留農薬基準のうち、いくつかの農薬についてはドイツの基準のほうが厳しいものもありますし、また日本のほうが厳しい基準を設けている農薬もあります。ただ、残留農薬基準に限らず、紅茶の品質、包装などに関しても日本はとても厳しいです。また、ベストシーズンのウバ、ディンブラは、世界の中で2カ国が買っています。それは日本とドイツです。

 私には子供が3人います。長男はオーストラリアの大学でバイオテクノロジーを専攻していましたが、留学から帰り、ティーブローカーのエイシア・シアカ社で研修を受けました。今は別の会社でティーテイスティングの研修を受けていて、近々紅茶輸出会社に正式に就職すると思います。私から紅茶関係の会社に入って欲しいと勧めたわけではありませんが、もし本人が紅茶関係の会社に進みたいのなら、私自身が紅茶会社とつながりがあるので、いい研修を受けるための便宜を図っただけです。2番目は娘で、2008年5月にアメリカの大学を卒業し、そのままアメリカで修士課程に進みたいと言っています。次男は10年生で、日本では二子玉川のインターナショナルスクールに通っていました。

 紅茶のことをスリランカでは「グリーンゴールド」と呼びます。紅茶は私にとって、命の源です。これから先、私自身がセイロン紅茶のどのような仕事に関わっていくかは、まだわかりません。未来はいつでも、予想し難しいものだからです。

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