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zoom RSS Adam’s Peak, Sri Lanka - スリランカの旅 アダムス・ピーク登頂

<<   作成日時 : 2016/03/01 18:33   >>

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 スリランカ第4の高峰で、山頂が聖地とされているアダムス・ピーク(標高2243 m)に登ってきた。夜中に登り始め、山頂でご来光を望みながら、今後の人生における天からの啓示を得るべく真剣に祈ってくるつもりだった。
 アダムス・ピークは、頂上にある大きな岩にある穴が、足跡のような形をしており、仏教徒は仏陀の、ヒンドゥー教徒はシヴァ神の、イスラム教徒はアダムの、キリスト教徒は聖トーマスの足跡であるとし、4つの宗教にとって等しく聖地とされている。
 あいにくだったのだが、私が登頂した2月13日(土)深夜〜14日(日)にかけては、巡礼登山者による大渋滞が発生。現地の新聞でその週末の登山者は約50万人に達したと報じられていたそうだ。13日の夕食後、「今夜はかなり混雑しているらしい」という情報が入ったため、宿泊先からの出発予定時間を2時間繰り上げて夜11時ごろに出ることにした。登山口の手前で車を降りて、午前1時20分ごろから歩き始めたが、山頂にたどり着いたのはなんと正午過ぎ。登りだけで約11時間かかった。下りは人の流れが比較的スムーズなので、約2時間半で下山できた。山頂で夜明けを待つ間がとても寒いと聞き、ダウンジャケットや手袋など防寒用衣類をリュックに入れていったが、まったく出番がなかった。下山する頃にはメッチャクッチャ疲れ果て、その後2日間は両足が筋肉痛でパンパンの状態だった。
 登山の厳しさは、富士山と比較してどうなのか? たまたま私の周辺には、アダムス・ピークには登ったという日本人と、富士山には登ったというスリランカ人はいるが、両方を制覇した経験者がおらず、比較が難しかった。両方を登ってみた私としても、単純には言えないというのが正直なところだ。登りは、アダムス・ピークの階段も、富士山のゴツゴツ溶岩の山肌もキツイし、アダムス・ピークの渋滞と、富士山の山頂付近の空気の薄さを比較するのは質が違い過ぎる。下りも、階段は階段で膝に負担がかかるし、富士山のジャリジャリ道も歩きづらくて大変。両方とも「甘くみてはいかん!」といったところだろうか。
 下山後しばらくは「もう懲り懲り、アダムス・ピークは絶対にお奨めしない」と思ったが、バーナードさんから「毎日こんなに混んでいるわけじゃないから」となぐさめられたり、「私の祖母も毎年登っている」などという話をスリランカ人から聞いたりしているうちに、「またチャンスがあったら登ってみるのもいいかな、次回はもっとちゃんとお祈りして来よう」という気持ちに変わってきている。


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道いっぱいを埋め尽くす老若男女の登山者たち。将棋倒しなどが起こったら、大事故につながるのではないかと心配してしまう。どこで誰が数えたのか知らないが、その週末だけで約50万人が登頂したという。ちなみに日本の環境省は、富士山の夏季(7月1日〜9月14日)の登山者数を、4つの登山ルートのそれぞれ8合目付近に赤外線カウンターを設置して調査しており、2015年は23万4217人だったそうだ。アダムス・ピークではその約2倍の登山者数を金・土・日の3日間で記録した、というのは、ホントなのか、どうなのか?

 2月11日発、22日帰りでスリランカに行ってきた。今回、2月中旬を選んだ最大の理由は、山頂が聖地とされているアダムス・ピークに登るためだ。アダムス・ピークの登山シーズンは、12月ごろから翌4月ごろまでの乾季であり、雨季は危険を伴うため登る人はほとんどいない。乾季の間に、夜中に登り始めて山頂でご来光を見る、というパターンが人気だそうだ。特に1〜2月は巡礼登山者が多く、2月4日のスリランカ独立記念日、週末、聖なる満月の日であるポーヤデイ(2016年2月の場合は22日)は大混雑するという。そこで、2月15日(月)か16日(火)の早朝に登ろうと計画した。

 宿泊先のエボニー・スプリングスのオーナーのバーナードさんは、アダムス・ピークに7回登ったことがあるというベテランである。エボニー・スプリングスから登山口まで車で片道約2時間かかるが、往復の三輪タクシーを5500ルピー(約4400円)で予約してくれることになった。真夜中の山頂はかなり冷えるというので、その防寒対策をあれこれ考え、小さな温度計を持っていって気温を実測してくることにした。

 日本の旅行会社が旅程を決めて参加者を募集したのであれば、その日程の変更などまず考えられないが、ここは現地の知人とやり取りしての個人旅行とあって、事前の計画通りにすべてが進むとは考えないほうがいい。前日、あるいは当日に「こう変更しよう」と言われることがしばしばで、アダムス・ピーク登頂日も二転三転することになった。

 というのも、エボニー・スプリングスに同時期にフランス人夫妻からの宿泊予約が入ったそうで、やはりアダムス・ピーク登頂を希望しているという。渡航前にバーナードさんから「いっしょに行ったらどうか」と打診され、その指示に従うことにした。フランス人夫妻の登頂予定日は2月14日(日)の早朝で、13日にエボニー・スプリングスに到着し、15日には次の目的地に向かう予定だそうだ。同行する機会は14日早朝しかない。もろに週末にぶつかってしまうが、1人で孤独に登るよりも道連れがいたほうがいいし、三輪タクシー代も割り勘にできれば助かる。そんな心づもりで、私も13日の朝、コロンボ・フォート駅5時55分発の始発電車に乗り、午前9時半ごろにエボニー・スプリングスの最寄り駅のナワラピティヤに到着。迎えに来てくれていたバーナードさんの車で宿に着いた。

 ところが、バーナードさんが件のフランス人夫妻に対して心証を悪くしており、「アダムス・ビークには今日ではなく、明日かあさってに1人で行きなさい」という。要は、その夫妻が贅沢もしくは無駄な出費を極力慎んでいるため、バーナードさんが手配した専用車のドライバーや、前泊したキャンディでの宿泊先との間でチグハグな話になっていたようだ。「そうですか、わかりました」と言うしかない。エボニー・スプリングスでも、通常の3食付ではなく、2食のみで予約していることが気に障っているようだった。

「彼らは昼食を途中で済ませて来るかもしれないけれど」と言いつつ、2時ごろに到着するという夫妻を待つ。その日、コロンボで朝4時過ぎに起き、朝食は紅茶とクラッカー2枚だった私は相当空腹だったが、がまん、がまん。ようやく50代後半とおぼしき夫妻が到着したが、昼食は自分たちで道中で購入してきたようで、夫妻は夫妻で、バーナードさんとポーリンさんのオーナー夫妻と私は別のテーブルで、ポーリンさん手作りの昼食をもりもりといただいた。

 突然その日の予定がなくなった私は、昼食後、エボニー・スプリングス周辺の散策に出かけた。1時間ほどして帰ろうとしたところ、前方から歩いてきたのはバーナードさんだった。夕方の日課というバーナードさんの約1時間の散歩につき合わせてもらうことにし、計1時間半ほど歩くことになった。歩きながらバーナードさんが、「フランス人のゲストと話をしたところ、奥さんはほとんど英語を話さないけれど、2人ともそんなに悪い人たちではないみたいだ。私から頼んであげるから、今日、いっしょにアダムス・ピークに行ってきてしまいなさい」という。内心、「えっ、マジ?」と驚き、だったら散歩などしないで昼寝していたほうが良かったじゃないかと思いつつ、バーナードさんの柔軟性に敬意を表して「わかりました」と答えた。

 宿に戻ってシャワーを浴びると、早速登山用に持ち物を準備した。日中や、登っている最中は汗ばむほどだろうけれど、山頂で日の出を待つ間がとても寒いらしい。山では着替えが難しいものだし、上に重ね着して寒くないようにする、という方法で考え直した。事前には、新調した登山用ズボンの下にレギンスをはくつもりだったが、登っている間のレギンスのうっとうしさを考え、綿とポリステル混紡で、一部がメッシュになったスポーツタイプのパンツを履いて登り、途中もしくは山頂で登山ズボンを上から履く計画に変更した。

 当初は、夜中の1時ごろに出発という予定だったが、「かなり混んでいるらしいから、夜11時に出発しなさい」とバーナードさんから指令が出た。夕食が済んだのは9時ごろで、荷物の整理等で10時ごろまでまたあれこれと準備し、ようやくベッドに横になって約1時間したところでバーナードさんが呼びに来た。ポーリンさんが朝食用のサンドイッチと保温ボトルに入れたコーヒーを、夫妻と私の分をつくってくれ、それぞれに渡してくれた。車は、三輪タクシーではなく、バーナードさんが手配し、夫妻がチャーターしているワゴン車に同乗させてもらい、私からは別途ドライバーにチップを支払うことになった。

 1時間半ほどのドライブで登山口に近づくと、6kmほど手前から交通整理の警官が数人出ていた。「登山口周辺にはもう駐車スペースがないから、ここから歩いて下さい」と命じ、車の通行を規制している。仕方なく大型バスからゾロゾロと登山者が降りてきて、それぞれに歩き始めていた。私たちを乗せてきてくれたドライバーのバブさんは、警官の制止を受けつつもグイグイと進んでくれたが、約2km手前まで来て、「限界かな。ここで降りて、登ってきて下さい」と私たちを降ろした。バブさんと、今回、初めて現地SIMを入れてつながるようになった私のスマホとで携帯電話番号を交換する。この混雑の中で下山時に無事再会するに当たり、やはり携帯電話は命綱のような存在だった。

 どこから登山口だったのかわからぬまま、人が歩いて行く方向についていく。先導したのは奥さんのほうで、とにかく早足。ときどき振り返ってご主人や私を待ち、「セボン?」「ウィ」と夫妻の会話が交わされる。「大丈夫?」「ああ」といったところだろうが、なんかカッコイイ。

 念のために懐中電灯は持参したものの、蛍光灯が山頂まで点けられていて、特に暗くて困るということはなかった。ところどころ、人影になって、階段の位置が見えにくいことがあるので、そういうときに補助的に懐中電灯の光を当てる程度で済んだ。

 登山道も、ハットン方面から登る通常のルートは、山頂までほぼひたすら舗装された階段だった。といっても、山腹の傾斜に沿ってつくられているので、規則正しい段差というわけにはいかず、ときに高く、ときに低く、ところどころ足のつま先側半分しか乗せられないほど狭い段もある。何千段あるのか数えもしなかったが、スリランカ人の老若男女はビーチサンダルや素足で登っている。素足が苦手であれば、本格的な登山靴までは要らないが、運動靴を履いたほうが安心。私は1回試し履きしてきた新しいテニスシューズにしたが、それで充分だった。

 スイスイ、スイスイと登ってきたつもりだったが、なんだか前方の様子がおかしくなった。道幅びっしりと登山者が埋め尽くし、ピタッと動きが止まってしまったのだ。「何、これ?」とぼう然、「これで、どうするワケ?」。2016年1月18日に都心で雪が降ったとき、東急線の駅構内が乗客であふれ返ったが、そのニュース映像とよく似ていた。とにかく、この大渋滞に身を任せつつ、ときどき動く群衆の歩調に合わせ、5分に1段(?)といった程度のスローペースで登るしかなかった。歩道の脇の階段がない部分を無理やり登って行く若い人たちのグループも多かったが、いずれ本流の中に割り込んでくるのだから、渋滞を余計ひどくするだけで、迷惑極まる。

 要は、アダムス・ピークへの登山道としては、一般的なハットン・ロードと、ラトナプーラ側からのハイキング・ロードの2ルートがあり、山頂の聖地は非常に狭いため、山頂部分への入口を40分ずつ交互に開けているのだった。そのため、40分間ノロノロと進んだ後は、40分間ピタリと動きが止まる、という繰り返しになる。

 そんな登山者たちの流れを気にすることもなく、6時半ごろになると東の空がオレンジ色に変わり、日が昇ってきた。ちょうど渋滞の動きが止まっていたところだったので、リュックからカメラを取り出して朝焼けを撮る。ついでに大渋滞の行列も撮る。後から考えると、斜面の向きなどで朝焼けがまったく見えない場所もあるので、私たちが立ち止まっていたのは比較的幸運なところだったようだ。早めに出発したのだから、日の出に間に合うようにちゃんと頂上に着いただろうと思っているかもしれないバーナードさんとバブさんに、「まだ途中」とSMSを入れる。「頂上まであとどのくらいなの?」と返信が来たが、こっちが教えて欲しいほどで、まったく見当がつかない。

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朝6時半ごろ、東の空が明るくなり、オレンジ色に輝き始めた。渋滞がなければもう頂上についていてもいい時間なのだろうが、まだまだ先は長かった。

 8時を過ぎた頃、山の中腹にある比較的大きな休憩所に出た。しかし、そこから見上げる頂上は、「これでもか!」というほどの高さでそびえ立っていた。「本当にあの上まで行くの? 私はもう充分! 早く帰りたい!」と心底思った。もしフランス人夫妻と同行していなかったら、98%くらいの確率でドロップアウトしていただろう。

 その休憩所の先で、道が左右二手に分かれていた。どちらに行っても山頂に行けたようだが、右向きの矢印が書かれた道標をフランス人のご主人が見つけ、「おそらく右の道だろう」と判断した。3人でほぼ水平に延びる山道を右に進んで山腹を周り、しばらくするとまた階段の道に出た。おそらくそれが、ラトナプーラ側からのハイキング・ロードだったのだろう。その時点ではそれほどの渋滞ではなく、朝9時ごろになっていたため、路肩に腰を下ろして朝食タイムとすることにした。ポーリンさん特製の野菜サンドがおいしく、保温ボトルに入れてくれたほんのり甘いミルク入りコーヒーも優しく体に染み入って行った。今回の登頂で休憩らしい休憩を取ったのは、この1回だけだった。
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朝9時ごろにハイキング・ロード側に出たところで、ここがチャンスとばかり、路肩で朝食をとった。

 20分ほど休んだ後、再び山頂を目指した。登り始めると道幅が徐々に狭くなり、また渋滞が始まった。同様に、40分ノロノロと進み、40分ピタッと止まる、の繰り返しだ。山頂はまだまだ遠く、しかも山の裏手に出たせいか、携帯電話の電波が入らなくなった。

 道中、スリランカ人の嫌な面をまざまざと見せつけられた。登山者たちの間にわずかな隙を見つけようものなら、グイグイと入り込みしてくる図々しさ。生意気そうな子供もそうだが、いい年をしたおばちゃんまで、隙間抜きをしようとするので呆れてしまった。この混雑の中でどうして自分だけが道を譲ってもらえると思うのだろうか? また、登山道の左右はゴミの捨て放題。渋滞中に後ろからビターッと体をくっつけてくるポチャ娘のうっとうしさ。早くこの行列から解放されたいという思いだけが高まっていった。

 11時近くになればすでに日射しも強烈で、高度のためか風はひんやりと感じられたが、温度計を取り出して見てみると23℃ほどだった。ダウンジャケットも、アダムス・ピーク登頂のために買った登山ズボンも、1度もリュックから取り出すことはなかった。

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ようやく近づいてきた感のある山頂を眺めつつ、温度計測。寒いどころか、日射しも強烈になり、暑い! ところでこの(左から)湿度計、時計、温度計のセットは、何年も前にクレジットカードのポイントで交換したものだ。その後、時計が止まってしまい、家電量販店に行って電池交換してもらおうとしたところ、「時計はもう故障しているようで、電池を交換しても動かない。温度計と湿度計は回路が違うので、まだ使えますが」と宣告された。所詮は中国製だし。ところが、渡航前に近くの山に足慣らしに行った際、取り出して手に持って歩いていたところ、不意にズボンのポケットのヒダに引っかかり、道に落としてしまった。すると、あら不思議。何年も止まっていた時計が動き出した。温度計、湿度計も無事だったようで、以来、3種の計器とも動き続けてくれている。

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 ようやく山頂に着いたのは正午過ぎ。ところが私たちの数人前で山頂部分に入るゲートが閉められてしまった。何人かがフェンスを乗り越えてハットン・ロード側に周って行った。我慢が限界に達していたフランス人夫妻も「あっちに行こう」とフェンスを強行突破していく。彼らとはぐれるわけにはいかないので、私も「ここだけはごめんなさいましね!」とズカズカとハットン・ロード側の行列に割り込んだ。

 やっとのことで入れた山頂部分は写真撮影禁止で、仏教、キリスト教、ヒンドゥー教、イスラム教の宗教ごとに入口が分けられているようだった。「あなたたちはこっち」と誘導された、おそらくキリスト教徒用の入口から入り、「これが足跡ね」と白い布の上から確認し、軽く拝礼して夫妻の後姿を追う。ゆっくり祈りを捧げる余裕などまったくなく、何よりも「終わったー! さあ、帰ろう!」という安堵感が強かった。

 下り始めたら、渋滞で待たされるということはほとんどなく、わりとスムーズに降りていくことができた。途中、ケガでもしたのか、数人に抱き上げられ、顔を苦痛でゆがめながら下山していく女性がいた。登り側はまだ渋滞しており、下り側の道に出てきて登ろうとする不届き者がいるたびに、「こっちに来るな、登り側に戻りなさい」と歩くべき道を指差し、にらみつけた。注意を受けたスリランカ人たちは、自分でも悪いことをしているという意識があるせいか、ニヤニヤと媚びを売るような顔でこちらを見ていた。

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 ハットン側に戻ったら、携帯電話も通じるようになった。バブさんに「下り始めました」とSMSを送る。まだまだ音声は途切れがちで、バブさんが電話をかけ直してくれても、何と言っているのか聞き取れない。バブさんもそれを察して、「橋の近くで待っている」とSMSを送ってきてくれた。「橋って、どこ?」「入口の近く」と何度かやり取りが続く。自分たちがどの辺りを通過しているのかわからないので、ようやくふもとの仏舎利塔を通過したときにバブさんに電話を入れた。「今、ストゥーパ(仏舎利塔)の近くです」と言うと、バブさんは「もうすぐ、もうすぐだよ」と励ましてくれた。

 階段は上りよりも下りがきついもので、フランス人の奥さんが膝の痛みを訴え出した。「捻りましたか?」と聞くと、「捻ったのではないけれど、彼女のナイフが問題」とご主人。knifeではなく、kneeではないの? と思うが、古傷が痛み出したのかな、と推測するしかなかった。

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ふもとにある門と、その横の仏像。


 登山道沿いに食品や土産ものなどの売店が並ぶ商店街を通過すると、道の両側に茶畑が広がってきた。デルハウジー(Delhousie)という茶園で、今はラクサバーナ(Laxapana)茶園の一画になっている。ところどころに休憩コーナーなどができ、ベンチなども置いてあるが、やはりどこでもゴミを捨てるスリランカ人たちにかかると、ベンチの近くの茶畑はゴミだらけだった。

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茶畑を突っ切りながら始まる登山道。売店やベンチなどを設置しようものなら、その周辺の茶畑はゴミだらけにされてしまう。マナー悪過ぎ!

 出口近くに、リプトン「Ceylonta」のテントがあり、紅茶が無料で振る舞われていた。ほんのりと甘味がついた優しいストレートティーで、疲れがスーッととれていくような感じだった。フランス人の奥さんが2杯めに手を伸ばしているのを見て、私ももう1杯いただいた。
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リプトンの紅茶無料サービスコーナー。ほんのりと甘味をつけた優しいストストレートティーが体にも心にも染み入ってくる。ありがとう、リプトン!

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アダムス・ピーク遠景。登山シーズンの夜間であれば、山頂まで明かりがついているので、遠くからもすぐわかる。

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